「余命一日」という記事を読んで

2012年12月06日

高齢者に向け「自分の命日を決めましょう」という講演をしている方の記事を読みました。
死を意識すると生きていることが輝いてくるので「余命一日」という言葉を掲げていて、自分の命が今日限りだと思うとすごく元気が出るのだと書かれていました。

生きる方向から見て漠然と生きていくよりも、死ありきの前提で人生を見るとその日その日を大切に生きられるのだそうです。もし、余命一日だとしたら、今の私にはするべきことが沢山ありすぎて、あたふたしてしまいそうです。
自分の命日を設定すれば、決めた命日までに何がしたいか、何をしておくべきかを明確にすることができ、計画的に残る人生を余裕を持って過ごせるようになり、よい指針になりそうだと思えました。
今まで見つからなかったもの、見えなかったもの、自分の一番好きなものが見つかる確率が高くなりそうです。そうすれば、早く死にたいなどという勿体ないことは言えないようになるはずです。新しく積極的な前向きの選択もできるかもしれません。
桜

記事の中で「自分の決めた命日に向かって生きていき、その日にまだまだ元気であれば、その都度に再設定をし直して行けば充実した人生になり、いつ死を迎えてもよくなる。」と書かれていました。何のために生きているか分からない。早く死んでもいいと思っている若者たちに伝えたい。命が今日一日限りだとしたら『自分は今何をしたいのか?』を問いかける日々を送ってみてください。充実した毎日を見つけられると思います。
「今、ただ中に生きている。」という言葉の意味が、少しだけれど前より深く理解できるようになりました。 J.K

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